イギリスのフェアは欧州本土のフランスやドイツのフェアと大きく異なり、標本の販売が極めて少ない。書籍、グッズ、奇虫生体、学会などの展示が均等に行われている為、いわゆるコレクター向けのフェアでは断じてない。また、欧州本土のフェアでは地続きでしかもユーロ圏は国境越えが自由な為、国を跨いだフェアに出展する業者も非常に多い。しかしイギリスは島国でしかもEUを離脱した影響もあり、欧州本土の標本商は全くイギリスのフェアに出展しないし、逆にイギリスの業者も欧州には出張に来ない為、独特の雰囲気がある。
甲虫の標本はアフリカに在住経験があり、アフリカの虫を多く扱うロイヤル氏などはじめやや少数であるが、それぞれが強みを生かした標本を取り扱っているので見ていて楽しい。しかし数名を除いて殆どがマニア向けではなく、所謂ビギナー向けの標本しか扱わないため、「コレクター」にとっては不完全燃焼に終わるかもしれない。しかしイギリスは蝶屋が未だに多く(イギリスは昆虫層が欧州本土と比べても極めて貧弱であり、特に甲虫をコレクションの対象としてやる人間は少ないように思える)、シジミチョウをはじめとした国産の蝶の売買は盛んにおこなわれている。恐らく非売品であろうが(それなりの値段を提示すれば話くらいは聞いてくれそうだが)、1840年代の極めて古いタテハチョウの標本等がラベルを表にして平然と卓に並べられている様子はなかなか欧州本土のフェアでは見られない。
1848年採集のラベルがついている極めて古い標本。昆虫の標本において19世紀のものは入手し難いが、それでも特に1850年より古くなるとその入手難易度は極めて難しい。そもそもこの当時は標本のコレクション文化が大衆にまで根付いていない時代であるので、博物館以外でこういった年代まで書かれている詳しいラベルがみられるのは本当に珍しい。
イギリスは標本文化も独特である。19世紀から20世紀中ごろ…場合によっては現在に至るまで、蝶でも甲虫でも小型の標本であれば1㎝程の短い針を標本に刺す事が極めて多い。蝶の場合は我々が通常行うように針の下に直接ラベルをセットする事もあるが、油による汚れを考慮して体より長めの台紙の先端にラベルを表側で貼り付ける事が多い。甲虫でも小型のものは台紙に載せ、台紙の底部に一本短い針を刺す独特のスタイルの標本をよく目にする。
このような標本はイギリス国内の地方にある自然史博物館の以前誰かが寄贈した古い標本コレクションや、ワトキンス&ドンカスター商会のオフィスに残る1960年以前のキャビネットに非常に多くみられた。私の経験上ではイギリス国内の大きな博物館や大学に残るコレクションには、これまでの間にその扱いづらさを考慮してか長い針に変えられてしまったものが多い気がする。短い針を使用した台紙標本はあまりみられないため、この独自の文化について日本人で知る者は少ないと思われる。
学会主催のフェアだけに、国内の団体等による展示も多い。イギリスの昆虫について学べるいい機会である。
欧州の他のフェアにあまり見られない特徴として、ここAESのフェアでは他にもセカンドハンドの重圧なヴィンテージもののキャビネットの販売や、マイクロスコープの体験販売などがある。特にキャビネットはイギリスでは他国と比べて極めてその価値が評価されており、「キャビネット=引き出し」の名の通り、箱単体ではなく一つの大きな家具の様な扱いで数百から数千ポンド(数十万円)で様々なタイプ(100年モノもザラである)が販売されている。
教育の場としての活用にも力を入れており、虫にまだそこまで興味がないビジターに向けた大英自然史博物館や各学会の出張ブーズもあり、幅広い来場者が満足できるようになっている。以前会場内を歩いていたら、大英自然史博物館の甲虫部門の松本博士に偶然お会いしたことがあった。こうしたプロの研究者が足を運び、昆虫の普及に努める努力が見られ、草の根レベルでの昆虫への理解を深めようという動きがイギリスではより強い気がする。年寄の総会になりつつ日本のフェアや学会の会合も、このような柔軟な点は少し見習っても良いのではないだろうか。
イギリスには標本収納棚(キャビネット)をとても大切にする文化がみられる。大陸のフェアでは見られない光景だが、100年物のアンティークのキャビネットをいつか購入してみたいものだ(送料がいくらかかるのやら...)
持ち運び用の簡易箱として、古い標本箱の安価で販売されている。歴史を感じる見た目で良い。
大英自然史博物館の展示ブース。フェアはなにも虫好き野郎のための集会場ではない。昆虫をまだあまりよく知らない人たちにその魅力をアピールする場でもあるのだ。このような姿勢は日本のフェアでも取り入れていたらいいのだが...
周辺・観光情報
会場はロンドン郊外の競馬場内にあるイベントスペースを貸し切りで行うが、まあここまで行くのが大変なのである。最寄り駅の電車は競馬がある日しか動かないので、必然的にバスを使う事になるが、複雑なので中々めんどくさい。
食事も一応会場内の当日限定のカフェでサンドイッチやマフィンはあるものの、その辺のスーパーで買える安くて冷たい(しかも特に美味しいというわけではない)ものしか販売していないので何故か寂しい気分になる。会場の周りは民家と高速道路で、さっと歩いて行ける範囲にスーパーやファストフード店があるようには思えない....
決してコレクター向きのフェアではないが、昆虫を取り扱った総合フェアと考えると非常に充実したものである。
会場からロンドン中心部までは電車で約40分ほど。世界を代表する大都市だけに、観光には困らない。
大英自然史博物館はロンドン中心部のサウスケンジントンに位置する。1日でまわり切れないほどの巨大な博物館だが、入場料無料なのがうれしい。